コケ/文化/和歌2

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古びの世界

「コケ」のことばには年代を経たという感覚が古い時代から日本人の心に宿ってきた.コケということばで形容することで事物に古さ,古色蒼然とした様相を与えている.

石や樹木にコケを配することで,その石が長い時間そこに留まっていた情景,樹木に古木の連想を生む.日本国歌の中にも歌われている.また,万葉集にもみられる.

古びの世界を詠んだ歌

何時の間も神(かむ)神さびけるか香具山の鉾(ほこ)椙(すぎ)が本に薛(こけ)生(む)すまでに
                                    万葉集巻三 鴨(かも) 君(きみの)足人(たるひと)
奥山の磐(いわお)に蘿(こけ)む恐(かしこ)くも問ひたまふかも思ひ敢えなくに
                                                                 万葉集巻七 広 成
み芳野の青根が峰の蘿むしろ誰か織りけむ経緯(たてぬき)無しに
                                                                        万葉集巻七
奥山の石(いわ)に蘿生(む)し恐(かしこ)けど思ふ情(こころ)をいかにかもせむ
                                                                        万葉集巻七
神南備(かむなび)の三(み)諸(moro)の山に斉(いは)ふ杉おもひ過ぎめや蘿生すまでに
                                                                      万葉集巻一三
わがきみは千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで
                                                               古今集巻七 読人不知
みなひとは花の衣になりぬなり苔のたもとよかかはきだにせよ
                                                             古今集巻一六 僧正遍昭
常盤なる山の岩根にむす苔の染めぬみどりに春雨ぞ降る
                                                                      摂政太政大臣
あしびきの山路の苔の霧の上に寝ざめ夜深き月をみるかな
                                                                          藤原秀能
幾世経ぬかざし折りけん古に三輪の檜原の苔のかよひ路
                                                                          藤原定家
うれしさをかへすがへすもつゝむべき苔の袂のせばくもあるかな
                                                             千載集巻一七 入道雅兼
あれにけり我が故郷の苔の菴見し世のまゝに月はすめども
                                                                            続千載
谷深み年ふりにける岩がねの苔の葉なびき山風ぞ吹く
                                                                        中務郷親王
白露に苔の衣はしぼるとも月の光はぬれむものかは
                                                                            沙石集
(以上,針ケ谷鐘吉 植物短歌辞典正より)
妹が名は千代に流れむ姫島の子松が来(うれ)に蘿(こけ)生(む)すまでに
                                                                 万葉集 河辺の宮人
(以上,針ケ谷鐘吉 植物短歌辞典続より)
苔のいろ庭のおもてに冴えきたり春をたのしみる心地して
                                                                             家並
うなかぶす苔の蕾はすきとほり吾が目の前にうつくしきもの
                                                                            自流泉
敷きつめて氈(かも)と見まがふ青苔は径(こみち)のうへに伸(の)し出でむすと
                                                                     幸木 半田良平
庭の樹々刈りこみをへし昨日より今日はあかるき苔のいろかも
                                                                 加納暁歌集 加納暁
春ひと日雪とけきゆる青蘚の林のにほひ日を浮けにけり
                                                               馬鈴薯の花 島木赤彦
この森のをはりの歩みやはらかに蘚に触りつゝ日は暮るゝかな
                                                               馬鈴薯の花 島木赤彦
広庭の木陰木かげをくまどりて苔のさみどりしみむせるかも
                                                                        伊藤左千夫
石あれば石のまはりに草木あれば草木のほとり青苔むせり
                                                                        伊藤左千夫
溶岩のうへにゆたかに延(は)ふ苔の狭霧のしめりふあく持ちたり
                                                                     花藪 大村呉楼
あまつ日は松の木原のひまもりてつひに寂しき蘚苔を照らせり
                                                                 つゆじも 斉藤茂吉
冷気来ぬと驚く今朝を庭苔の緑あざやかに延び拡ごれり
                                                                 さざれ水 窪田空穂
矛杉にとりかこまれし庭土や日陰乏しき青苔のいろ
                                                                   山麓 結城哀草果
山の木々生ふるがままの冬庭にゆたけき青の苔は栄ゆる
                                                               しろたへ 佐藤佐太郎
ふかぶかと庭をおほへる青苔を見つつめぐりぬ踏むこともなし
                                                               しろたへ 佐藤佐太郎
ひと色のしづけき青をたたへたる苔おほどかに庭をうづめぬ
                                                               しろたへ 佐藤佐太郎
つゆ晴の夕(ゆふ)照(でり)後の庭の苔花をもてるかほのかに白く
                                                                         朝雲 岡麓
(以上,針ケ谷鐘吉 植物短歌辞典正より)

注)沙石集は鎌倉時代後期,僧の無住(1226-1312)による全10巻からなる仏教説話集. 岡麓(1877-1951) ,結城哀草果(1893-1974),佐藤佐太郎(1909-1987),窪田空穂(1877-1967) 『万葉集』,『古今集』,『新古今集』の評釈家,斉藤茂吉(1882-1953),島木赤彦(1876-1926).

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