植物/被子植物の分類体系について

提供: 広島大学デジタル博物館
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被子植物の分類体系について

 植物図鑑は,分類体系という一定のルールに従って植物を配列している.日本の植物図鑑に広く採用されていた分類体系は,1890年代に発表されたドイツの植物学者アドルフ・エングラーが発表し,その後改訂された新エングラー体系である.分類体系にはさまざまなものがあるが,19世紀末にはダーウィンによる進化の考え方が一般的になっており,植物分類学の世界でも進化の歴史を反映した分類体系(自然分類体系)の構築が目指されるようになった.エングラーは植物の花が単純なものから複雑なものへと進化すると考え,花の有無や構造の違いなどの形態情報にもとづいて植物の進化的な関係(系統関係)を推定して,分類体系を構築している.その後,エングラーによる分類体系は1964年に改訂され,新エングラー体系とよばれる分類体系が完成した.  エングラーの分類体系が発表されてから数年後,花が大きく,花弁や萼,雄しべ,雌しべなどの数が多く螺旋状に配列をする複雑な花を起源とし,小さく単純な花へと退化的に進化していったとするストロビロイド説が提唱された.これはエングラー体系で採用された花は単純なものから複雑なものへと進化したという考え方とは反対のものである.ストロビロイド説にもとづいて,1980年代にアーサー・クロンキストが新しい分類体系(クロンキスト体系)を提案した.クロンキスト体系は,日本ではあまり普及しなかったが,世界的には新エングラー体系に代わって広く採用されていた.  これまで採用されてきた分類体系は形態情報によるものであったが,研究者によって構築される分類体系が大きく異なる場合があった.このため形態情報にもとづいて構成された分類体系に代わり,遺伝的な情報をもとづいた分類体系が近年考えられるようになった.その背景として,1980年代以降DNAの配列決定が容易になったことや系統解析の理論面での発展,コンピュータの発達により大量の配列情報にもとづいた系統関係の推定が現実的になったことがあげられる.その結果,1990年代になると分子系統学が大きく発展した.分子系統学的な知見にもとづいた分類体系の構築を行う国際的なプロジェクトとして,被子植物ではAngiosperm Phylogeny Group(APG)が活動をはじめ,その成果としてAPG分類体系(APG体系)が1998年にはじめて発表された(APG I).その後改定が繰り返され,2017年現在で,第4版が発表されている(APG IV).2010年頃から日本の図鑑などでもAPG体系が採用されはじめているが,今後日本でも広く採用されるようになるだろう.

(青山2021(印刷中)に掲載したものを改変)

参考文献(より発展的な内容を学ぶために)

  • APG (The Angiosperm Phylogeny Group). 1998. An ordinal classification for the families of flowering plants. Ann. Mo Bot. Gard. 85: 531–553.
  • APG. 2016. An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG IV. Bot. J. Linn. Soc. 181: 1–20.
  • Chase, M. W. & Reveal, J. L. 2009. A phylogenetic classification of the land plants to accompany APG III. Bot. J. Linn. Soc. 161: 122–127.
  • 伊藤元己. 2013. 植物分類学. 145 pp. 東京大学出版会, 東京.
  • 河原孝行. 2014. APGに基づく植物の新しい分類体系. 森林遺伝育種 3: 15–22.
  • 邑田 仁. 2014. 植物の学名はなぜ変わる—APG分類体系による科名の変更. 日本植物園協会誌 49: 7–9.
  • 小幡 晃. 2014. 「APG」って何だ?―冥王星が惑星でなくなった、と同じような事態、植物界で進行中―. 日本植物園協会誌 49: 26–32.
  • 戸部 博・田村 実(著),日本植物分類学会(監修). 2012a. 新しい植物分類学 I. 238 pp. 講談社, 東京.
  • 戸部 博・田村 実(著),日本植物分類学会(監修). 2012b. 新しい植物分類学 II. 336 pp. 講談社, 東京.
  • 米倉浩司. 2014. 分類体系の変遷とAPG分類体系の説明. 日本植物園協会誌 49: 10–16.