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= ヒコビアミニレターNo. 500(2019年9月3日)=
 
= ヒコビアミニレターNo. 500(2019年9月3日)=
 2019年8月25日の第624回植物観察会は,江田島市大柿町深江で行われた.
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 2019年8月25日の第624回植物観察会は,江田島市大柿町深江の茶臼山から沖野島橋(おきのしまばし)のコースで行われた.新開老人集会所のそばの薮下組資材置場に10時集合.参加者xx名.久藤先生のコース説明の後,10時10分頃出発.集合場所から南東方向の茶臼山へ向かう.海岸の道沿いでウツギやヘクソカズラ(開花),アカメガシワ,ハゼノキ,カニクサ,オヒシバ,クズ,ヨモギ,ツユクサ(開花),クルマバザクロソウ(開花),スベリヒユ,コニシキソウ(開花),エノキ,タカサゴユリ,ハマナデシコ(開花),キキョウ(開花),イヌカタヒバ,ツワブキ,ススキ(開花),アレチノギク,ヌルデ,コシダ,タラノキ,イヌビワ,ナツフジ,カクレミノ,コバノミツバツツジ,トベラ,ヒサカキ,ネズミモチ,コナラ,ホラシノブ,クロマツ,ヤブコウジ,ムベ,ミズスギ,サルトリイバラ,クマヤナギ,イタドリ,アリノトウグサ,ケカモノハシ,シャシャンボ,ヤマザクラ,ダンチク,シャリンバイ,ナワシログミ,クロキ,アキグミ,キヅタ,ノキシノブ,ウラジロ,ムクノキ,ミツバアケビ,ザイフリボク,モッコク,アオツヅラフジ,タイミンタチバナ,ノガリヤス,セイタカアワダチソウ,ヒトツバ,アカマツ,フシグロなどをみる.途中の旧干潟の周辺でカワラヨモギやアンペライ,ハマサジ,シオクグ,オカサンゴ,
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オカサンゴ
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Polypremum procumbens L.
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https://9028.teacup.com/kinshoku/bbs/228
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旧野路(のろ)東小学校[1]跡地に10時集合,参加者47名.体育館裏にトチュウ(中国原産)が植栽されており,開始前に関先生と吉本さんが説明.10時10分頃から久藤先生からコースの説明の後,20分頃出発.登山道入口まで田畑の間を歩く.途中,エノキやヤブツバキ,アラカシ,ナワシログミ,ハチク,キヅタ,ネズミモチ,カクレミノ,ビワ(植栽,開花),ヒサカキ,シリブカガシ,コジイ,エゾスナゴケ,クズ,ヨモギ,シロバナタンポポ(開花),ナズナ(開花),ホトケノザ(開花),ヒガンバナ,オオイヌノフグリ,チャノキ,コシダ,アカマツ,ネズ,アセビ,シャシャンボ,サルトリイバラ,ヤブコウジ(結実),コバノミツバツツジ,ソヨゴ,イヌツゲ,ウラジロ,モッコク,ヒイラギ,サンヨウアオイ,カンサイスノキ,ツルアリドウシ,コナラなどをみる.スギの植林に入り,スギやヤマモモ,マンリョウ,ミツバアケビをみる.イノシシ避けの柵を抜けると旧耕作地跡が湿地になっており,イノシシやシカの痕跡があった.湿地にはヨシやカモノハシ,ツルヨシ,カサスゲ,ミズハコベ,ノイバラ,チゴザサ,ヤチカワズスゲ,サワオグルマ,ホシダなどが生育.奥のため池周辺にヒトモトススキも生育していた.道沿いにネズやクリ,カゴノキ,ヤブニッケイ,ハリガネワラビ,ミヤコイバラ,ミズスギ,アキノキリンソウが生育.ネズにちなんで蒸留酒のジンと香り付けのセイヨウネズの話があった.谷筋の道を詰めて行き,一度の峠(標高150 m程度)を越えて,また谷筋の道を詰める.道中,アカマツやカマツカ,カナメモチ,リョウブ,サカキ,ショウジョウバカマ,ツルリンドウ,オオバヤシャブシ,ウラジロノキ,モチノキなどがみられた.190 m程度より高い場所にクロバイがあった.途中,平成30年7月豪雨による土砂災害の跡があった.その後,ウラジロガシやアオハダ,カゴノキ,ヤブムラサキ,オオベニシダ,クリ,ミヤマガマズミ,ミツバアケビ,コウヤボウキ,ホオノキ,テイカカズラ,タマミズキ,ヤマザクラ,ネズミモチ,ニガイチゴなどをみる.12時30分頃頂上に到着.昼食後,豊原先生から植生とクロバイの分布の話.ヤマモモやオオバヤシャブシは禿赭地の砂防造林由来ではないかとのこと.その後,広島大学総合科学研究科で龍目山周辺をフィールドにササラダニ類の研究をされていた山口恵子さんのお話で,1990年代は山火事跡地で萌芽再生した樹木が多かった旨説明があった[2].その後,来た道を引き返した.クロガネモチやクロモジ,クマノミズキ,エゴノキ,カキノキなど登りで気がつかなかった植物をみる.皮目の目立つ灰白色の樹皮の落葉樹がサクラ属ではないかとのことだったが,結局名前が分からなかった.中国自然歩道のルートの一部であるが,山道が荒れていたため,久藤先生が下見も兼ねて2回ほど通って道を整備されたおかげで観察会を行うことができた.14時40分頃解散した.  
  
茶臼山から沖野島橋(おきのしまばし)
 
  
薮下組資材置場,10時集合. ※トイレは新開老人集会所
 
海岸 1/2.5万「大君」右上 (担当:坪田・久藤)
 
  
集合場所・時間:江田島市大柿町深江
 
  
  
 
 
葦嶽山は日本ピラミッド異名がある.また,昔,神武天皇が東征の時に立ち寄られたという伝説があり,神武天皇陵とも言われて,話題となった山である.当日は,梅雨前線が停滞していてあいにくの天候であり,広島市から西の大竹付近には大雨警報が出るほどであったが,備北地方は大丈夫とのことで出発した.広島市から国道54号線で可部を通り,上根峠を登り詰めたころから雨が弱くなり,空も明るくなってきた.集合場所は葦嶽山登山道の灰原コースの海抜約650 m付近の駐車場で,10時に集合.天気は霧雨で傘をさすかどうか迷う程度であった.参加者21人.駐車場の下部にトイレ付きの立派な休憩所があり,霧雨が少し強くなったのでそこで説明をする.1988年11月13日に私が記録したデータを元にして説明した.葦嶽山付近の地質は古期花崗岩類に属し,マサ化が進み,真砂土が浸食されて巨石が残され,巨石群がたくさん見られる.葦嶽山の頂上は真砂土がまだ浸食されないで残っており,その植生はアカマツ自然林と共通の種組成を示すものであり,アカマツ—ハナゴケ群団属するものである.1988年当時の種組成は次のようである.I層7 m 20 % [[ブナ]],II層 [[ブナ]],[[ミズナラ]],[[アカマツ]],III層 [[ゲンカイツツジ]],[[ネジキ]],[[ダイセンミツバツツジ]],[[ナツハゼ]],[[リョウブ]],[[アセビ]],[[ヤマツツジ]],[[クリ]],[[ミヤマガマズミ]],[[スノキ]],IV層 [[ゲンカイツツジ]],[[ソヨゴ]],[[オヌカザサ]],[[アクシバ]],[[コナラ]],[[アキノキリンソウ]],V層 [[ハナゴケ]],[[フデゴケ]],[[カモジゴケ]],[[ハイゴケ]].今回2019年の植生は周辺から見通した限りではあまり変化していないように見受けられた.真砂土のため遷移の進行が阻害されているのである.海抜750 mから上部の露岩地に[[ゲンカイツツジ]]の出現することが注目されるが,葦嶽山の北西4 kmにある大黒目山(801 m)でも数年前観察会で自生が確認されているが,そこの地質も同じ種類の黒雲母花崗岩であり,同じくらいの海抜高度に見られる(しかし山頂には見られないので,高度と関係する寒さではなく,別の環境要因が[[ゲンカイツツジ]]の出現に関係するのであろう).今回は灰原コースで駐車場と山頂を往復しただけで他を見る余裕はなかったが,登山道の整備状況は良かったという印象を持った.ただ,気になったのは道端に植栽された[[トサミズキ]]や[[ベニドウダン]]が自生と間違う程に上手に育てられていたことであり,前回の観察会でも同様の感想を述べたのを思い出した.決して悪いと言っているのではなく,自生と植栽について気配りが必要なことを言いたいのである.例えば,広島大学の東広島キャンパスの生態実験園に20数年前に広島県には自生しない[[ミズバショウ]]を植栽して,なぜ自生しないのかを知ろうとしたが,湧き水のある適地に植えたものは今でも元気に育っている.しかし,そのうち死滅するだろう.その頃はこちらの方が先に死んでおり,[[ミズバショウ]]の死に目には会えないだろうが.
 
 
<div style="text-align:right">(H. Tsubota & M. Nakahara-Tsubota 記)</div>
 
<div style="text-align:right">(H. Tsubota & M. Nakahara-Tsubota 記)</div>
  

2019年9月30日 (月) 05:38時点における版

ヒコビアミニレターNo. 500(2019年9月3日)

 2019年8月25日の第624回植物観察会は,江田島市大柿町深江の茶臼山から沖野島橋(おきのしまばし)のコースで行われた.新開老人集会所のそばの薮下組資材置場に10時集合.参加者xx名.久藤先生のコース説明の後,10時10分頃出発.集合場所から南東方向の茶臼山へ向かう.海岸の道沿いでウツギやヘクソカズラ(開花),アカメガシワ,ハゼノキ,カニクサ,オヒシバ,クズ,ヨモギ,ツユクサ(開花),クルマバザクロソウ(開花),スベリヒユ,コニシキソウ(開花),エノキ,タカサゴユリ,ハマナデシコ(開花),キキョウ(開花),イヌカタヒバ,ツワブキ,ススキ(開花),アレチノギク,ヌルデ,コシダ,タラノキ,イヌビワ,ナツフジ,カクレミノ,コバノミツバツツジ,トベラ,ヒサカキ,ネズミモチ,コナラ,ホラシノブ,クロマツ,ヤブコウジ,ムベ,ミズスギ,サルトリイバラ,クマヤナギ,イタドリ,アリノトウグサ,ケカモノハシ,シャシャンボ,ヤマザクラ,ダンチク,シャリンバイ,ナワシログミ,クロキ,アキグミ,キヅタ,ノキシノブ,ウラジロ,ムクノキ,ミツバアケビ,ザイフリボク,モッコク,アオツヅラフジ,タイミンタチバナ,ノガリヤス,セイタカアワダチソウ,ヒトツバ,アカマツ,フシグロなどをみる.途中の旧干潟の周辺でカワラヨモギやアンペライ,ハマサジ,シオクグ,オカサンゴ,

オカサンゴ Polypremum procumbens L.

https://9028.teacup.com/kinshoku/bbs/228


旧野路(のろ)東小学校[1]跡地に10時集合,参加者47名.体育館裏にトチュウ(中国原産)が植栽されており,開始前に関先生と吉本さんが説明.10時10分頃から久藤先生からコースの説明の後,20分頃出発.登山道入口まで田畑の間を歩く.途中,エノキやヤブツバキ,アラカシ,ナワシログミ,ハチク,キヅタ,ネズミモチ,カクレミノ,ビワ(植栽,開花),ヒサカキ,シリブカガシ,コジイ,エゾスナゴケ,クズ,ヨモギ,シロバナタンポポ(開花),ナズナ(開花),ホトケノザ(開花),ヒガンバナ,オオイヌノフグリ,チャノキ,コシダ,アカマツ,ネズ,アセビ,シャシャンボ,サルトリイバラ,ヤブコウジ(結実),コバノミツバツツジ,ソヨゴ,イヌツゲ,ウラジロ,モッコク,ヒイラギ,サンヨウアオイ,カンサイスノキ,ツルアリドウシ,コナラなどをみる.スギの植林に入り,スギやヤマモモ,マンリョウ,ミツバアケビをみる.イノシシ避けの柵を抜けると旧耕作地跡が湿地になっており,イノシシやシカの痕跡があった.湿地にはヨシやカモノハシ,ツルヨシ,カサスゲ,ミズハコベ,ノイバラ,チゴザサ,ヤチカワズスゲ,サワオグルマ,ホシダなどが生育.奥のため池周辺にヒトモトススキも生育していた.道沿いにネズやクリ,カゴノキ,ヤブニッケイ,ハリガネワラビ,ミヤコイバラ,ミズスギ,アキノキリンソウが生育.ネズにちなんで蒸留酒のジンと香り付けのセイヨウネズの話があった.谷筋の道を詰めて行き,一度の峠(標高150 m程度)を越えて,また谷筋の道を詰める.道中,アカマツやカマツカ,カナメモチ,リョウブ,サカキ,ショウジョウバカマ,ツルリンドウ,オオバヤシャブシ,ウラジロノキ,モチノキなどがみられた.190 m程度より高い場所にクロバイがあった.途中,平成30年7月豪雨による土砂災害の跡があった.その後,ウラジロガシやアオハダ,カゴノキ,ヤブムラサキ,オオベニシダ,クリ,ミヤマガマズミ,ミツバアケビ,コウヤボウキ,ホオノキ,テイカカズラ,タマミズキ,ヤマザクラ,ネズミモチ,ニガイチゴなどをみる.12時30分頃頂上に到着.昼食後,豊原先生から植生とクロバイの分布の話.ヤマモモやオオバヤシャブシは禿赭地の砂防造林由来ではないかとのこと.その後,広島大学総合科学研究科で龍目山周辺をフィールドにササラダニ類の研究をされていた山口恵子さんのお話で,1990年代は山火事跡地で萌芽再生した樹木が多かった旨説明があった[2].その後,来た道を引き返した.クロガネモチやクロモジ,クマノミズキ,エゴノキ,カキノキなど登りで気がつかなかった植物をみる.皮目の目立つ灰白色の樹皮の落葉樹がサクラ属ではないかとのことだったが,結局名前が分からなかった.中国自然歩道のルートの一部であるが,山道が荒れていたため,久藤先生が下見も兼ねて2回ほど通って道を整備されたおかげで観察会を行うことができた.14時40分頃解散した.  



(H. Tsubota & M. Nakahara-Tsubota 記)

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