2012年度スロー生物学演習

提供: 広島大学デジタル博物館
2013年2月25日 (月) 11:41時点におけるInoue (トーク | 投稿記録)による版
ナビゲーションに移動検索に移動

広島大学 > デジタル自然史博物館 > 植物 > 植物の教材化 > スロー生物学演習

スロー生物学演習

  • 広島大学大学院理学研究科生物科学専攻で開講されている演習.
  • 選択必修の科目で,博士課程前期で履修.
  • ブレインストーミングを通じた,分野やバックグラウンドの異なる学生同士の相互理解を目的としている.


ここに貼り付けてください. 要旨  広島大学東広島キャンパスは西条盆地の中央部に位置する.約250 haの広大な敷地内には,山林やため池,渓流などの多様な環境が存在し,様々な植物が生育している.また本地域は西条盆地を代表するような植生であり,これまで里山的な管理がされており状態がよい.絶滅危惧種などの稀少種も報告されている.したがって地域の方々の植物観察の場として最適である.これまで,キャンパス内の維管束植物に関しては学内の広報誌などに断片的に紹介されてきたが,詳細な調査は行なわれてこなかった.そこで本研究では東広島キャンパスの維管束植物相を明らかにするとともに,近年,全国的な問題となっている自然体験の減少に対して,地域の方々と植物観察を通して自然を体験する場としての重要性をアピールすることを目的とし,キャンパス内の維管束植物調査を行なった.今回は比較的自然が残され,多くの方がアクセスしやすい「半自然区」を重点的に調査し,シダ植物25種,種子植物207種の生育を確認した.今回確認された植物にはサイジョウコウホネやウスバザサなどの植物分類・地理学的に注目すべき種が含まれる.また,維管束植物目録を示し,植物観察の際に活用できるようにした.今回の成果を活用するため,広島大学を利用した植物観察を軸とする東広島市の持つ自然の価値の再発見を提案した.今後は,調査範囲を広げるとともに調査時期を変えることで本キャンパスの植物相の解明を目指す.

平成24年度スロー生物学後期発表資料 生物科学専攻博士課程前期一年 井上侑哉,今井丈暁,大西弥真人,鉄川公庸,山本草平

広島大学東広島キャンパスの維管束植物

はじめに  広島大学東広島キャンパスは西条盆地の中央に位置し,約250 haの広大な敷地内に山林やため池,さらに渓流などの多様な環境が存在し,様々な植物が生育している.本地域は西条盆地を代表する植生であり,これまで里山的な管理がされている.本キャンパスは絶滅危惧種などの希少種の報告もあり,またアクセスも比較的容易であるため,地域の方々の植物観察の場として最適である.  東広島キャンパスの位置する西条盆地中央の平均標高は200 mで海抜400–700 mの山々に囲まれている.盆地の大部分は西条湖成層で占められている.キャンパス内では理学部及び教育学部が建っている一体や鏡山などの比較的高い所は花崗岩で,工学部や総合科学部が建っている低い所は西条湖成層である.西条盆地の主な土地利用は農耕であり,そのほとんどが水田に利用されている.  気候に関しては年平均気温13.5℃,年降水量1445.9 mmという値が,気象庁アメダスの東広島観測所で得られている.盆地であるため夏期と冬期の寒暖の差が激しい.  1974年から東広島キャンパス予定地の植生調査がなされ,本地域は概ねアカマツ二次林からなり,その多くは禿山に砂防緑化用のヤシャブシを植栽した結果作り出されたものであると考えられる.本地域のアカマツ林は潜在自然植生をシイ林とするアカマツ-アラカシ群落に属するため原植生はシイ林と推定される.  本地域は農耕が始まったとされる弥生時代以来,照葉樹二次林,コナラ二次林,アカマツ二次林の順に退行的な変化をし,江戸時代には代表的な照葉樹であるシイノキが消失し,さらに強いかく乱を受けて明治時代には禿山となった.大正または昭和初期からヤシャブシ類の植栽によって禿山は緑化され,アカマツ林に誘導される工事が行われてきた.その結果,禿山は緑化され,アカマツ林が形成された.その後,松枯れが始まり,ががら山ではほとんどのアカマツが枯れてしまった.しかし放置することによって土壌の形成が進み,西条の気候において最も安定した群落である照葉樹林への遷移が進行している.  東広島キャンパスの維管束植物に関しては本学の広報誌を中心に断片的に紹介されてきた.その中にはキキョウやサギソウ,ヒメアヤメ,イシモチソウ,ヒメタヌキモなどの希少種も含まれていた.しかし本キャンパスの維管束植物に関する詳細な報告はない.また,移転後20年近くを経てキャンパス内の植生も変化していると考えられる.そこで本研究では本キャンパスの維管束植物相を明らかにするとともに,近年,全国的に問題となっている自然体験の減少に対して,広島大学を利用した植物観察を軸とする東広島市のもつ自然の価値の再発見を提案した.

調査地と調査方法 広島大学では自然環境特性と利用目的に応じてゾーニング管理が行われている.そのなかで比較的自然が残され,多くの方がアクセスしやすい山中谷川-ぶどう池-門脇川周辺の「半自然区」を重点的に調査した.本調査地は広島大学総合博物館により「発見の小径」として整備されており、3つのゾーンに分けられている.生態実験園を中心とする「渓流と湿地ゾーン」,ぶどう池の周辺の「ぶどう池ゾーン」,門脇川沿いに設けられたビオトープを中心とする「ふれあいビオトープゾーン」である.調査は2012年10月から12月にかけて行い,上記の3つのゾーンに分けて採集した.採集した植物はすべて標本にし,広島大学植物標本庫の理学研究科附属宮島自然実験所(HIRO-MY)に収めた.

調査結果 調査の結果,シダ植物25種,種子植物207(亜種・変種も種として数えた)の生育を確認することができた. 1. 各ゾーンの植物の特徴  調査範囲の全てのゾーンにおいてネズミサシ,サンヨウアオイ,サルトリイバラ,ツタ,ネムノキ,ハリエンジュ,キンミズヒキ,ナガバモミジイチゴ,ツボスミレ,ウリカエデ,イヌザンショウ,ヒサカキ,ネジキ,アセビ,コバノミツバツツジ,ヘクソカズラ,ネズミモチ,イボタノキ,ソヨゴ,ヨモギ,アメリカセンダングサ,ヒメジョオン,ブタナの23種が分布していた.一方で特定のゾーンに偏って分布している植物も見られた.シダ植物は「渓流と湿地ゾーン」で最も多くの種が確認され,このゾーンが湿潤であることが示唆された.「ぶどう池ゾーン」ではイネ科やマメ科の植物が最も多く確認できた.また,ハナハマセンブリやイヌセンブリなど水辺を好む植物はこのゾーンでのみ確認できた.フサモやミミカキグサ,ホザキノミミカキグサなど水中に生育している種もこのゾーンだけで確認された.環境省の絶滅危惧種にも指定されているキキョウは「ふれあいビオトープゾーン」でのみ確認され,アカマツの林床下に生育していた. 2. 注目すべき種 イヌセンブリ Swertia tosaensis Makino(リンドウ科) 環境省レッドリストにおいて絶滅危惧II類に指定されている. ハナハマセンブリCentaurium tenuiflorum (Hoffmanns. et Link) Fritsch (リンドウ科) 欧州原産の帰化植物.ベニバナセンブリに似る花期に根生葉がないことで区別できる. キキョウ Platycodon grandifliorus (Jacq.) A.DC. (キキョウ科) 環境省レッドリストにおいて絶滅危惧II類に指定されている. ヒメクロモジ Lindera lancera (momiy.) H.Koyama (クスノキ科) 常緑の亜高木.ウスゲクロモジに似る.広島県において本種は福山市及び廿日市市宮島から報告があるのみ. サンヨウアオイ Asarum hezalobum F.Maek. var. hexalobum (ウマノスズクサ科) 西条盆地は本種の単独分布圏.カンアオイ類はギフチョウの食草であり,キャンパス内でもギフチョウの生息が確認されている. ウスバザサ Sasa septentrionalis Makino var. membranacea (makino et Uchida) Sad.Suzuki イネ科 ミヤマザサの葉の広い一型で,稈鞘に逆向きの微小な毛と水平に広がる長い毛が混じっている.東北地方が分布の中心で西条盆地が国内分布の南限にあたるとされる.

広島大学を利用した地域の自然の再発見への提案  児童期の自然体験は科学的思考力の発達に大きく貢献し,生命の尊さや自然現象への興味・関心の増加につながる.また,地域の自然は地球環境の保全という点で大きな要素となるが,地域の重要な財産でもある.地域の自然を全体で見直すためには学術機関との連携が望ましい.龍谷大学では「龍谷の森」を中心的フィールドとし里山学・地域共生学の研究と実践が行われている.我々はこれにならい総合博物館が整備した「発見の小径」を利用した自然観察会を軸とする東広島市の持つ自然の価値の再発見を提案した. ・博物館と連携して観察会を実施する ・代表的な自生植物に名札を取り付ける ・東広島キャンパス内の植物図鑑を作成する

今後の課題  上記のような提案を実現するために今後の課題として,今回調査した東広島キャンパス内の「半自然区」の年間を通じた植物の調査が挙げられる.植物は季節によりまた年により確認できる種が異なるため,1年以上の調査が必要である.さらに,「自然区」においても調査を実施することで,環境の違いによる植物相の違いを比較できる.




デジタル自然史博物館 / 植物トップ にもどる